これからの医師と患者の関係はどうあるべきか?―”もはヒポ”21世紀新医師宣言―

「素人には、いついかなる時にも何事につけ、決して決定権を与えてはならない」

―ヒポクラテス―

20世紀半ばまで続いた父権主義的な医師―患者関係

20世紀半ば頃まで、医師と患者の関係は、専門家と単なる素人という関係でした。医師という専門家が、素人である患者に対して、「正しい」医療を教示・提供するのが医師の役目だとされたのです。

その構図では、患者は無知である上に不安に駆られるため正しい判断ができず、治療方針の決定や判断はもっぱら医師が行なうこととされました。そして、医師が患者を診るに当たっては「わが子のように」大切に接するべきだとされました。

そのことを示す代表的な言葉が冒頭に挙げたヒポクラテスの言葉です。ヒポクラテスは古代ギリシアの医師で医学の祖とも言われており、有名な「ヒポクラテスの誓い」は現代でも医師の倫理の基礎(世界医師会で採択されたジュネーブ宣言などはその典型です)とされています。

ヒポクラテスの冒頭の言葉に見られるような、「医師が父親的な存在として、無知な患者(子ども)に接するべきだ」といった発想は、「父権主義」と呼ばれます。父権主義とは、「無知で正しい判断ができない者が判断を下すのではなく、正しい判断をできる者が、あたかも父親が子どものことを決めるように、代わりに判断する」という考え方です。

患者に対する医師の基本的態度は、少なくとも20世紀半ばまでは、この父権主義をベースとしたものであったといえます。

 
患者の自己決定権の尊重と、医師―患者関係の変化

しかし、患者からしたら「医者任せ」ともいうべきこの状況は、20世紀後半にかけて変化することになります。それというのも、第二次世界大戦でのナチス・ドイツによる人体実験の反省や、欧米諸国での人権運動の高まりなどを受け、「患者の自己決定権」が尊重されるようになってきたからです。

それが明文化して示されたのが、1981年に世界医師会で採択された「患者の権利宣言(リスボン宣言)」です。そこには患者の自己決定権について、下記のように述べられています。

a. 患者は、自分自身に関わる自由な決定を行うための自己決定の権利を有する。医師は、患者に対してその決定のもたらす結果を知らせるものとする。
b. 精神的に判断能力のある成人患者は、いかなる診断上の手続きないし治療に対しても、同意を与えるかまたは差し控える権利を有する。患者は自分自身の決定を行ううえで必要とされる情報を得る権利を有する。患者は、検査ないし治療の目的、その結果が意味すること、そして同意を差し控えることの意味について明確に理解するべきである。
c. 患者は医学研究あるいは医学教育に参加することを拒絶する権利を有する。
患者の権利に関するWMAリスボン宣言(日本医師会HP)

このリスボン宣言では、診療の場で患者が 自己決定を行なう権利を有することと、その自己決定を行なう上で必要な情報を医師から提供を受ける権利(つまり、インフォームド・コンセントの権利)を有することが示されています。

このように患者の自己決定権が尊重されるようになってくると、もはや医師が父権主義に基づいて患者の診療方針を勝手に決める、ということは出来なくなってきます。そうなれば、当然、これまでの医師と患者間の関係も変化が迫られることになります。

その変化のうち顕著なものが、患者の多様な価値観の尊重によるものです。それまでは、診療における「正解」は、患者の考え方によって変わるものではありませんでしたが、患者の多様な価値観を尊重するようになってからは、同じ状況でも患者によって「正解」が違う、ということが起きるようになってきました。

これは患者の自己決定権の尊重だけでなく、急性期から慢性期へと疾病構造が変化し、より医療が患者の生き方・死に方に関わってくるようになったことも影響していると考えられます。

上記のような事情から、現代の医師はとにかく患者に対する関係の仕方、医療に対する姿勢を改める必要性に迫られているといえます。そのような背景をもとにして立ち上げられたのが、「”もはやヒポクラテスではいられない”21世紀新医師宣言プロジェクト」です。

 
“もはやヒポクラテスではいられない”21世紀 新医師宣言プロジェクトとは?

このプロジェクトは、上記の「もはやヒポクラテス(=伝統的な父権主義的な医師)ではいられない」状況に対して、21世紀の今を生きる医師にとっての指針を宣言としてまとめ広めていこうという意図で立ち上げられたプロジェクトです。元々専用のホームページ(ishisengen.net)で運用されていたようですが、現在はサイトが閉じられています。

このプロジェクトは2011年の1月から開始され、下記3つの段階に分けて進行されました。

  1. 医師宣言案の募集(2011年1月~2月)
  2. 暫定案からパブリックコメントを経て医師宣言ver1.0の策定(2011年3月~9月)
  3. SNS上でサポーター、フォロワー募集(2011年10月~)

このプロジェクトの運営は、現在東京医療センターにお勤めの尾藤誠司先生が中心となって、多くの医師が参加して行われていました)。

このプロジェクトについて、現在サイトが閉じられてしまっている理由はわかりませんが、多くの医師が関わって作り上げられた宣言は、一つの指針として参考になるものと思います。そこで、下記にて、本プロジェクトにて策定された医師宣言の全文と、それに付随して発行されたインフォームドコンセントの手引きについて、転記し掲載させていただきます。

 

“もはやヒポクラテスではいられない” 21世紀 新医師宣言プロジェクト

私の新医師宣言 ※PDF版はこちら

私は、毎日の仕事の中で、あきらめそうになったり、「まあいいか」と妥協しそうになったり、望ましくない誘惑や圧力に流されそうになったり、患者さんに寄り添う心の余裕がなくなりそうになったりすることを否定しません。 そんなときには、私は以下の宣言文に立ち返ります。そして、医師として患者さんや職場の仲間とともに悩みながら、でもへこたれずに歩んでいくことを誓います。

  1.  私は、患者さんについてまだわからなければならないことがあるという前提に立ち、患者さんの気持ちや苦しみを想像し、理解する努力をします。 一方、自分の言葉が意図するとおりに、患者さんに伝わらないことも認識し、お互いが分かり合うための工夫を怠りません。
  2.  私は、診療方針を患者さんと決める際に、自分の方針を押し付けすぎていないか、逆に、患者さんに選択を丸投げしていないか振り返り、患者さんとともに確認します。
  3.  私は、医療行為が常に患者さんを害しうることを忘れません。もし不幸にして患者さんに重い副作用などが発生した際、患者さん本人や家族の悲しみに対し誠実に向き合い続けます。
  4.  私は、不適切もしくは過剰な薬の処方や検査が患者さんに行われていないか常に注意を払います。その状況に気付いた時には、患者さんと相談し、よりよい方法をともに考えます。
  5.  私は、患者さんの健康の維持や回復、症状の緩和を支援するとともに、患者さんの生命が終わっていく過程にも積極的にかかわります。
  6.  私は、どんな状況にあっても患者さんが希望を持つことを最大限尊重します。医療だけでは患者さんの問題を解決できないような状況のときにも、患者さんの相談者でありつづけます。
  7.  私は、自らの心に宿る敵は、自己保身、経営優先の効率主義、外部からの利益供与であることを認識します。そして、ときに自らの医学的好奇心すらも患者さんの利益に反する要因となることを心に留めます。
  8.  私は、可能なかぎり患者さんの希望を聴いた上で、自分にできることと、できないことを伝えます。時には、施設内外を問わず自分よりうまくできる人に協力を依頼し連携します。
  9.  私は、患者さんや職場の同僚に助けられたとき、「ありがとう」と声に出して言います。また、心の折れそうな同僚が身近にいたら「どうしたの?」と声をかけ、話を聴きます。
  10.  私は、文献からは医学に関する知識を、先人からは生きた技術を、同僚や他職種の仲間からは臨床の知恵を、後輩からはあきらめかけていた情熱と気づきを、そして患者さんからは、自分が、医師としてどうあり、何をすべきかということについてのすべてを学び続けます
  11.   私は、自分の誤りに気付いてくれる人を大切にし、自分への批判に積極的に耳を傾けます。 同時に、同僚や上司の疑問に感じる態度や行為に対しては、それを指摘するようにします。
  12.   私は、医療が公共財であり社会的共通資本であるということを前提に、専門職の観点からは理不尽だと感じる要求に対し、目を背けず向き合います。

  年  月 氏名       

 

患者と医療者で「ともに考える」インフォームド・コンセントの手引き

2016年10月7日現在、こちらに手引きの全文が上がっているため、リンク先をご参照ください。主な問題意識は、「インフォームド・コンセントが、患者さんにとっての納得のいく医療の実現のためではなく、医師の免責のための手続きとして用いられてしまっている」というものです。

医師と患者の関係を考える上で、参考の一助になれば幸いです。