「幸福」についてよくある2つの思い込みとは?

幸福とは何か?

「人生の目的は幸福になることだ」と古代ギリシアの哲学者アリストテレスは言いました。しかし、幸福になるためにはどうすれば良いのか、そもそも幸福とは何であるのか、という問題は、アリストテレスの生きた時代から何千年も経った今でも、未だに決着がついていません。

幸福とは何か?この問いは、まさに「医師の幸福を考える」本サイトの主題でもあるので、これから何度も提起していきたいと考えています。今回は、考えるための地ならしとして、幸福に関してよくある2つの思い込みを紹介させていただきます。

 

思い込み①―「自分が幸福だと思っていれば幸福」

世間に多く見られる思い込みの中でも、「自分が幸福だと思っていれば幸福」という思い込みは最も世間に流布していて、その延長線上にある「その人が良いといっていれば良いのではないか」という発言も頻繁に耳にします。しかし、この「幸福=幸福感」という考え方は厄介で、少なくとも幸福感だけで幸福を定義することはできないと私は考えています。以下に2つ例を挙げてみましょう。

「殺人で至上の快楽(幸福感)を得る猟奇的殺人者」

  ある猟奇的殺人者Aは、人を殺すときに最も快楽(幸福感)を感じるのだと言います。殺人の善悪という倫理的判断は置くとして、純粋に当人の幸福ということを考えた場合、この殺人者Aは、実際に「殺人によって幸福になっている」といえるのでしょうか?

「幸福感をもたらす特効薬「HAPPINESS」の到来」

  ある日、人々を幸福にするという特効薬が登場しました(あくまで思考実験です)。その薬「HAPPINESS」は、それまでの麻薬のような身体への害が全くなく、ただその人の幸福感を飛躍的に増大できるというのです。この薬「HAPPINESS」の登場によって、人々は実際に幸福になるのでしょうか?

 上記の猟奇的殺人者の例も、幸福薬「HAPPINESS」の例も、あくまで仮定の話ですが、実際に起きうる話でもあります。今でも、抗うつ薬や精神安定剤などを大量に投与すれば、落ち込んでいる人の気分を一時的に改善することはできるでしょう。

しかし、そのようなやり方で幸福感を”作った”としても、それは本来の幸福とは違うと考えます。そのように簡単に作ったり消したりできるようなもので、幸福かどうかが決まるというのは何とも腑に落ちない話です。そもそも、自分を取り巻く世界や自分の人生と無関係に決まっていく幸福など、何の意味もないと考えます。

 

思い込み②―「周囲の人から見て幸福なら幸福」

「あの人は幸せ者だね」や、「彼の人生は幸福だった」という発言に代表される考え方です。周囲の人が判断できる指標を使って、その人が幸福かどうかを決めるというものです。

例えば、「裕福な生活をしている」「仕事で重要なポストについている」「円満な家庭を築いている」「いつも笑顔である」「大きな病気もなく活動的である」といった、周囲の人の目に見えるステータスをもって、その人の幸福度を測ります。

しかし、この考え方も不完全であると考えられます。1つ例を挙げて思考実験をしてみましょう。

 「幸福なゾンビ」

   あるところに、どこからどう見ても幸福な男がいました。その男は、一生遊んで暮らせるほどの大金持ちでありながら、仕事でも重役についており、それでいて常に周囲への笑顔を絶やさず、皆から慕われ尊敬されていました。また、子ども3人と妻の円満な家庭を築き、身体的にも健康そのもので、週末には毎週家族連れでアウトドアに出かけていました。

   しかし、その男には、誰にも気づかれない欠点が一つありました。その男は実はゾンビで、実際には何も感じることができていないのです。つねられたら「痛い」と反応はしますが、実際には痛みを感じることはありません。その男は何をしていても、どんなに笑顔をふりまいても、何も感じることのできない、いわば見せかけだけの存在です。

   この男は、出会ったどんな人からも幸福だと判断されるでしょうが、実際に幸福だといえるでしょうか?

 わかりにくければ、この男をゾンビでなくアンドロイドにしてみても良いかもしれません。この「どこからどう見ても幸福だが、感じることができない存在」を仮定した場合ですが、この場合も幸福ではないと考えられます。思い込み①と逆のパターンですが、感じることができない存在については、そもそも幸福かどうか論じることがナンセンスになると思います。

 

幸福感ともステータスとも異なる、本来の幸福とは?

以上のように、「幸福=幸福感」という考え方も「幸福を測るステータス」という考え方も、本来の幸福とは異なり、単なる思い込みに過ぎないと考えられます。ではその「本来の幸福とは何か?」ということが問われますが、それに関してはまた機会を改めて考察することと致します。

その際は恐らく、下記の言葉が手がかりとなるでしょう。

最も幸福な人間とは、人生の終わりを始まりと結び付けられる人である。

                                   ――― ゲーテ

 

広告

「幸福」についてよくある2つの思い込みとは?」への1件のフィードバック

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中