全ては脳が決めているのか?―脳科学の進展が責任と自由意志の概念に与える影響

選択の自由と自己責任の原則が崩れる時―精神鑑定と責任能力

「自分のした行為は自分の自由意志によって決めたことであり、その責任は自分にある」というのは、社会が成り立つ上で、また人間が生きていく上で基本的な認識であるように思われます。選択の自由が保障されているからこそ、その選択の結果に対しても選んだ当人が責任を負う、それが社会の大原則です。その原則がなければ、社会は責任のなすりつけあいだらけになってしまうでしょう。

しかし、その責任の原則が崩れることがしばしば起こります。例えば、不法行為を行った人が精神疾患を抱えていた場合に、精神鑑定の結果責任能力がないと判断され、減刑もしくは無罪になることがあります。法に触れる行為を行なった精神障害のある人は、触法精神障害者と呼ばれ、判決後は医療観察法により指定医療機関へ送られますが、重い刑罰を科せられることはありません(ちなみに2016年1月1日現在、全国で指定医療機関は31病院、808床あります※厚生労働省HP参照)。

このように精神鑑定の結果として責任能力がないと判断された場合、「責任は当人にはない」ということが公的に認められたということになります(正確には責任を「問えない」ということかもしれませんが、被害者からすれば、「問えない」も「ない」も同じことでしょう)。

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人間の「品種改良」は許されるか?遺伝子技術によるエンハンスメントの問題点

人間の根源的な欲求は「全知全能」?

突然ですが、もしも一つだけ願い事がかなうとしたら、何と答えるでしょうか?私はかつてそう聞かれた際に「全知全能」と答えたことがあります。

「何でも叶えることができるようになる願い事なんて反則じゃないか」という反応が返ってきそうですが、実際にどんな願いでも一つだけ叶えることができるとして、「全知全能も答えてよい」としたら、誰もが同じように答えるのではないでしょうか?

たとえ私利私欲がなく、その一生を他の人々のために費やしたいという使命感に燃えているような人でもそうでしょう。なぜなら、全ての人を救うことのできる力が手に入れられるとしたら、どんな善人でもそれを望むだろうからです。

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人工知能(AI)は医師の仕事をなしえるか?人工知能の発展と医師の役割

人工知能は人間の頭脳を超えた?―AIが囲碁のプロ棋士に勝った日

近年、人工知能の発展が目覚ましい進化を遂げています。人工知能(AI)とは、人工的にコンピュータ上などで作り上げられた、人間同様、あるいは人間以上の知能のことを指します。2015年に日産が自動運転車の発売を発表し、Googleが自社開発の人工知能をオープンソース化(誰でも自由に使えるように)したことで特に注目を集めました。

更に最近(2016年1月28日)では、数年前まではあと100年は人間が勝つと言われていた囲碁において、プロ棋士が初めて人工知能に負けたことが話題を集めています。将棋では2013年に初めて人工知能がプロ棋士に勝ち、チェスでは既に1997年に世界トッププロに人工知能が勝っていただけに、人間の最後の砦と考えられていた囲碁でこれだけ早く人工知能が人間に勝つというのは、予想外だったといえましょう。

将棋や囲碁のプロ棋士にとってみれば、自分が生涯かけて積み上げてきたものに対して、人工知能がそれをあっという間に凌ぐようになってしまうのは、不本意であるとともに、「自分がやってきたことは何だったのか」とでも言いたくなるような無常さを感じてしまうのではないのでしょうか。

実際、プロ棋士の仕事は、ファンの人々に素晴らしい棋譜(指し手の記録)を残すことだと考えている人も多いと思います。そのプロ棋士よりも、AIの方が素晴らしい将棋や囲碁を指すのだとしたら、プロ棋士は今後何を仕事としていけばよいのか、その存在価値を問われることになります。

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